般若寺

歴史ある花と仏の浄刹。特に「コスモス寺」として知られる。

般若寺
(2013/10/14撮影)
Hannya-ji Temple
国内最古のコスモス寺
 創建:舒明元年(629)

 基本

  • 山号 : 法性山
  • 院号 : なし
  • 宗派 : 真言律宗
  • 開基 : 慧灌

 本尊

  • 文殊菩薩

 札所

  • 大和北部八十八ヶ所霊場 15番
  • 西国薬師四十九霊場 3番
  • 関西花の寺二十五霊場 17番

 所在地

奈良市北部エリア
  • 奈良と京都を結んだ旧街道に面して立つ。
  • 東大寺大仏殿や興福寺の塔が遠望できる北山の景勝地。

般若寺 位置図
境内
般若寺 境内案内図
般若寺 境内案内図 (引用:公式サイト)

 歴史

時代 内容
舒明元年(629) 高句麗の僧・慧灌(えかん)が創建したと伝わる。
天平7年(735) 聖武天皇の勅願により行基が寺観を整える。
⇒ 平城京の鬼門を守る寺とされた。
寛平7年(895) 理源大師聖宝の弟子・観賢(かんげん)が学問道場を開いて中興する。
治承4年(1180) 平重衡の南都焼討で伽藍すべてを焼失する。
⇒ 礎石のみが残り、付近の古墓が列をなすだけという状態になる。
火災などもあり、次第に寺運が衰え、荒廃が進む。
鎌倉時代 良恵、叡尊や忍性が諸堂を復興した。
⇒ 十三重石塔はそれに先立つ再建であり、民衆信仰の結晶であったと伝わる。
建長7年(1255) 大仏師・善慶に丈六文殊菩薩像を造らせて仮本堂に安置した。
弘長元年(1261) 新本堂に移し、文殊を獅子座に据える。
⇒ その胎内に『大般若経』、仏舎利、僧尼の願文、殺生禁断の下知状などを納入。
延徳2年(1490) 出火で本尊・文殊菩薩を焼失。
永徳10年(1567) 松永久秀と三好三人衆との戦乱で再び伽藍を焼失。
寛文7年(1667) 現本堂を再建。経蔵にあった文殊菩薩騎獅像が本尊として移される。

 伽藍

  • 楼門の正面にそびえる十三重石塔が伽藍の中心
  • その十三重石塔の北側に本堂、西側に経蔵が位置する。
般若寺 境内図
般若寺 境内図
名称 建立時期 詳細
本堂 click
経蔵 click
鐘楼
宝蔵堂
笠塔婆 click
十三重石塔 click
楼門 click
大和北部八十八ヶ所霊場 15番
本堂 本尊:文殊菩薩
関西花の寺二十五霊場 17番
主な花 コスモス・山吹


本堂
Main Hall
県指定文化財
般若寺 本堂
(2013/06/30撮影)

  • 入母屋造
  • 本瓦葺
  • 寛文7年(1667)の再建


経蔵
Scripture House
重要文化財
般若寺 経蔵
(2013/06/30撮影)

  • 切妻造(桁行3間・梁間2間) 一重
  • 本瓦葺
  • 当初、床のない全面開放の形式で建てられるが、鎌倉末期に経蔵に改造される。
  • 『元版一切経』(5,000巻)を収蔵、800巻余が現存している。


笠塔婆
Kasatoba(stone tablet with a stone hat)
重要文化財
般若寺 笠塔婆
(2013/06/30撮影)

  • 弘長元年(1261)、伊行末の子・伊行吉が父の追善と母の延命を祈って各1基建造したと銘文にある。
  • 廃仏毀釈で破壊されるが、明治25年(1892)に境内へ移設・再建される。
  • 笠塔婆形式の石塔では国内最古。


十三重石塔
Thirteen-storey stone pagoda
重要文化財
般若寺 十三重石塔
(2013/06/30撮影)

  • 高さ14.2m
  • 建長5年(1253)、宋の石工・伊行末(いのぎょうまつ)が建立
  • 下部の軸の周りに次のように四仏が線刻されている
    • 東面 : 薬師如来像
    • 西面 : 阿弥陀如来像
    • 南面 : 釈迦如来像
    • 北面 : 弥勒菩薩像
  • 昭和39年(1964)、解体修理のときに、石塔内部から仏像や舎利塔など多数の納置品が発見された。


楼門
Two-storied Gate
国宝

(2013/06/30撮影)

  • 楼門(1間1戸) 入母屋造
  • 本瓦葺
  • 初層に楼閣を載せる2階建て門
  • 桁行は、上層3間、下層1間
  • 控柱を面取り角柱とし、四脚門に上層をのせた形式
  • 鎌倉時代 文永年間(1264-1275)の再建
  • 和様を基調とし、各所に新様式の木鼻や操形を用いて新和様の面目を発揮している。
  • 次のように他に例のない技法が施されている。
    1. 下層は頭貫の先端は操形で丈を低くし、軽い挿肘木状にみせる
    2. 上層の出組斗栱も通肘木を1段加えて、その高さの木鼻を前方へ突出させ、上方ではこれに対応する形で実肘木と組み合う木鼻を出している
    3. 枠肘木や秤肘木も下端の円弧を二段操形とする
  • 下層の中備に丈の低い板蟇股を用いるのに控え目ながら華麗な装飾となっている。
  • 上層組物は柱の内側が延びた片蓋造であり、肘木を丈の高い幕板から造り出して箱組状の構造にするなど新たな工夫がある。
 

 国宝

建造物
名称 適用 詳細
楼門 click

 重要文化財

建造物
名称 適用 詳細
経蔵 click
十三重石塔(附:旧石造相輪、旧銅製相輪) click
工芸品
名称 適用 詳細
厨子入舎利塔 奈良国立博物館委託
木造寺門扁額 奈良国立博物館委託
彫刻
名称 適用 詳細
銅造薬師如来立像 奈良国立博物館委託 click
木造文殊菩薩騎獅像 本堂 click
古文書・考古資料・歴史資料
名称 適用 詳細
紙本墨書叡尊願文 東京国立博物館委託
大和般若寺石造十三重塔内納置品

 堂内

本尊
重文 文殊菩薩騎獅像
諸尊
  不動明王坐像
  四天王立像

 寺宝


文殊菩薩騎獅像
Statue of Monju Bosatsu riding a lion
重要文化財
般若寺 文殊菩薩騎獅像
(引用:大和の古寺3 元興寺・般若寺・十輪院 岩波書店)

  • 鎌倉時代 元亨4年(1324)、康俊と康成(南都の代表的な仏師)の作
  • 像高:46cm、木造
  • 像本体は一木造、素地仕上げで着衣部に切金文様を施した檀像風。
  • 台座と獅子は檜材、獅子には極彩色を施す。
  • 光背は後補。
  • 本堂厨子内に安置される。
  • 寛文7年(1667)、旧本尊の焼失後、現在本堂の再建時に経蔵から移したと伝わる。


薬師如来立像
Standing Statue of Bhaisajyaguru
重要文化財
般若寺 薬師如来立像
(引用:なら仏像館 名品図録 奈良国立博物館)

  • 銅造 鍍金 像高:30.5cm
  • 奈良~平安時代(8~9世紀)
  • 両肩を覆う通肩の形式に袈裟をまとい、左手に鉢状の薬器を持つ。
  • 後頭部に円光背(後補)を鋲留めする。
  • 丸みのある頬や引き締まった口元、首回りから足元まで円弧を反復させる衣文構成は、朝鮮半島・統一新羅の金銅仏と同様。
    ⇒ 一方で、体躯の抑揚を抑えた表現や背面に大きなハバキを設けずに全体を一鋳する製作方法は日本独自。


十三重石塔内納置品
Set of articles placed inside the thirteen-storied stone pagoda
重要文化財
  • 昭和39年(1964)2月より約1年間実施された解体修理の際に各層の中から発見された遺品。
  • 石塔創建時(建長5年頃)に納入したものと修復時に追加納入したものと2種ある。
第一重
名称 員数 内容
金銅舎利塔 1基
金銅五輪塔 1基
水晶五輪塔 4基
第四重
名称 員数 内容
宋版細字法華経 1帖 一部七巻 外箱(建長五年卯月八日納入記等墨書)
宋版細字法華経 1帖 一部七巻 外箱(願文等墨書)
宋版細字法華経 1帖 一部七巻
第五重
名称 員数 内容
銅造如来立像 1躯
木造大日如来坐像 1躯
銅造十一面観音立像 1躯
木造地蔵菩薩立像 1躯
赤地蓮池水禽文錦打敷 1枚
第八重
名称 員数 内容
法華経 10巻
梵網経 2巻
名称 員数 内容
仏像 20躯
経巻類 6巻1幅
舎利容器 2合
納入文書目録等 3通
外箱 4合
摺佛 1幀
2幅
6冊


如来立像(伝阿弥陀如来像)
Sanding Statue of Amida Nyorai
重要文化財
般若寺 如来立像(伝阿弥陀如来像)
(引用:般若寺リーフレット)

  • 聖武天皇が平城京の鬼門鎮護のため奉納。
  • 第五重目軸石上面の納入孔に赤地蓮池水禽文錦の打敷につつんで納置されていた。
  • 胎内に大日・観音・地蔵の三尊を込めていた。
 

 年間行事

伝統行事
時期 名称 適用 詳細
4/25 文殊会 本堂
花見頃

 関連リンク

般若寺 公式サイト

 案内

住所

  • 奈良市般若寺町221

交通

  • JR・近鉄 奈良駅 ~ バス(青山住宅方面行)7分 「般若寺」下車 ~ 徒歩3分

拝観

  • 時間 9:00~17:00
  • 料金 500円